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| 練る・撮る・書く そしてあわす… |
わたしのホームページ作りは、一人の職人が図面を引き、材木を丁寧に吟味して加工を加え、
コツコツと築き上げていく、ログハウスビルドに似ています。 |
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| ホームページ制作会社の多くは、営業担当者がコンテンツを既成のテンプレートに当てはめ、撮影、コピーライト、そしてデザインのクリエイティブワークを分業制で進めています。 |
| 自分のビジネスにこだわりを持つわたしは、そういうサイト作りに魅力を感じません。 |
| 核心となる部分を創る人の、顔と仕事ぶりが見えてこそ、情は通い、想いが重なる… |
| わたしは、そんなふうに思います。 |
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| Growing up History |
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| コンテンツの構築力には、裏づけされたキャリアがあります。 |
| もともとクリエイティブの世界とは縁のない、流通業から私の社会人生活は始まりました。配属先は商品部… |
マーチャンダイザーという仕事は、文字通り「商品化計画」を取り仕切る業務です。
仕様書を練り、時には海外へ出向いて仕入れや発注を行い、プロモーションを考え、店頭では棚割りを決めて販売指導を行う… また一方ではロジスティクスや商品管理システム作りのオブザーバーとして会議に出席するなど、今思えば職務範囲には驚くほどの広さがありました。 |
| その経験を背景に、わたしが30代に任された部署が営業企画。仕事は来る日も来る日も企画漬けの毎日で、販促から年度の営業予算まで、右脳左脳をフル回転しながら、キーボードを叩き続けていました。 |
| そんなわたしが独立を決めたのは35歳になる直前。バブル崩壊後の不況下で、グループ企業の再編が行われ、わたしの勤める会社は、その存続が危ぶまれてきました。そこで本社の東京移転による転勤を断り、新たな道を歩むことにしたのです。 |
フリーランスのプランナー。
聞こえは良いのですが、広告代理店のクライアントの販促を考え、それに関連する広告物の制作一式を受注する、いわば傭兵。それがわたしの本格的なクリテイターとしてのデビューでした。 |
| ダンロップ、カネボウ、帝人、サンケイ新聞社… 大企業の広告宣伝部はけして甘くはありません。池から広い海原に放り出され、2DKの公団住宅で、事務所もないままMacに向かってひたすら試行錯誤を繰り返した30代後半は、まさに修行の時代でありました。 |
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| 座右の銘は、「好きこそ、ものの上手なれ」。 |
| デザイン・コピーライティング・写真… 実はどれも専門教育を受けたものはなく、独学で身につけました。 |
コピーライティングは、プランナー時代に先輩や代理店のデザイナーに鍛えられましたが、デザインと写真は、気心の知れたプロにアドバイスをもらいながら、自分の趣味のホームページを練習台に、いつしか覚えていったのです。ちなみにホームページは、ISDNもなかった98年からリリースを開始し、SEOは01年から始めたアフィリエイトのおかげで、デザイナーとなった04年には、自分サイトは主要キーワードで既に検索エンジンの上位にランクされていました。
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さて… わたしは「好きこそものの上手なれ」という諺を座右の銘にしています。
プロスポーツの世界では当り前のことですが、クリエイティブの業界は未だ横割りで、カメラマンは何でも撮るし、デザイナーも、様々な業種のカタログを作ります。しかし、もはやそういう時代は終焉を迎えていくでしょう。 |
| なぜなら、キャンプを知らないクリエイターが作ったキャンプ場のホームページが、ユーザーのハートを鷲づかみにできると思いますか…? |
ネット検索が当り前の現代は、誰もが目の肥えたプロシューマーです。これからは、その厳しい視線に耐えうるだけのコンテンツがないホームページは見向きもされなくなるでしょう。デザインだけで、人は動かない…
スローライフやアウトドアを生業にする事業主は、そのことに早く気がつかなけければならないと思います。 |